愛のサバッキ

morinori2008-05-14

特に激しい運動をしたわけでもないのにゴールデンウィークが終わるころから膝が悪化して、痛みがひどくて歩けないぐらいに。膝に力が入らなくて階段を下りるのもやっとで、このまま歩けなくなるんじゃないかと思った。目が見えなくなったり耳が聞こえなくなったりするよりは片足を失ったほうがずっとまし、なんてことをよく考えたりするもんだから、いよいよそれが現実になってしまったのかと悲しい気持ちになり、だんなさんに意味もなく八つ当たりなんかをしたあげく、会社帰りにダメもとで整体に行ってみたところ、痛みはあっさりと解消。普通に歩けるように。まだ正座をすると痛いし、長時間歩くとちょっと痛みがぶり返してくるような気がするけど、5回ぐらい通えば完治するでしょうっていわれて、悩みが吹き飛んで光が見えてきた。

治療院の帰りにはブックオフにも寄ってしまう。吉行淳之介『ぼくふう人生ノート』(集英社文庫)や江戸川乱歩編『世界短編傑作集2』(創元文庫)などを棚から抜いたあとモーリヤック『テレーズ・デスケイルゥ』(新潮文庫)を見つけて手が止まった。

私にはフランソワ・モーリアックばかり読んでいた一時期があった。杉捷夫訳の新潮文庫版で『テレーズ・デスケイルゥ』と『愛の砂漠』を堪能したあと、春秋社版の著作集がまだ刊行途中だったこともあって、しかたなく銀座の洋書店の回転棚でまとめ買いした『癩者への接吻』『蝮のからみあい』『火の河』『夜の終わり』などの濃厚な文章を眺め暮らし、ボルドー生まれの小説家、たき火にあたったあとの火照りに似た、それでいてかさかさと乾いた文章の気韻にずいぶん酔わされたものだった。
「愛の渇きについて」−堀江敏幸『バン・マリーへの手紙』岩波書店

堀江敏幸が「堪能し」「酔わされた」文章というのがずっと気になっていた。すでに『愛の砂漠』は入手済みなので、これで心おきなく濃厚な世界に没頭できそう。堀江さんのエッセイに登場する、「愛の砂漠」を「愛のサバッキ」と発音する”知人”とは違って、意味もなく八つ当たりしても離婚せずにいてくれるだんなさんとの間に砂漠は存在しないと私は思っているけど、本当のところどうなのかね。ね?